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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4589号 判決 1974年6月25日

原告 株式会社十河商店

右代表者代表取締役 十河薫

右訴訟代理人弁護士 池田真規

被告 株式会社櫛形商店

右代表者代表取締役 近藤寒一

右訴訟代理人弁護士 坂本福子

主文

一  被告は原告に対し別紙目録(二)記載の部分を明渡し、かつ昭和四八年二月一日以降明渡しまで一ヶ月金七万円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決の第一項は原告において金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一  別紙目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)は原告の所有であるところ、原告は、昭和四五年五月一八日、一の瀬一雄、芦田昌雄、近藤寒一(以下「芦田ら三名」という)の三名に対し本件建物中別紙目録(二)記載の部分(以下「本件賃貸部分」という。)。を、権利金、敷金を授受することなく、期間同日から二年間、賃料一ヶ月金七万円、毎月末日限り翌月分を持参払いとする約定で賃貸した(以下「本件賃貸借」という。)。芦田ら三名は共同で不動産業を経営するため本件賃貸部分を賃借したのであるが、その後芦田ら三名は株式会社組織によって不動産業を経営することとして、芦田及び近藤が代表取締役となって、被告会社を設立した。そして、同年六月末頃以後は被告会社が本件賃貸部分の賃借人たる地位を承継した。

二  本件賃貸借は一時使用を目的とするものである。本件賃貸借締結当時本件建物が位置する新宿駅西口附近一帯は、広大な副都心地域として開発が予定され、ビル化傾向が必至であった。このため、木造建物である本件建物も、鉄筋ビルに建直しをする必要があり、現に隣接建物のビル化が進行中であったので、原告代表者十河薫は、芦田ら三名から賃借の申込みを受けた際、このことを告げ、近い将来本件建物を取壊し、鉄筋ビルを建築する予定であるが、そのための準備期間として必要な二年間に限ってなら賃貸してもよい旨を伝えたところ、芦田ら三名もこれを了承し、かくて、両者は一時使用を目的とすることを明記した賃貸借契約を交わし、本件賃貸借が締結されるに至ったのである。そして、賃料も新宿附近の貸店舗としては格安の坪当り三、五〇〇円(合計金七万円)と定められ、権利金も敷金も授受されなかったのである。以上の事情によれば、本件建物賃貸借は一時使用を目的とするものであることは明らかである。

二  よって、本件賃貸借は昭和四七年五月一八日の経過により期間が満了して終了したから、原告は被告に対し本件賃貸部分の明渡し及び期間満了後である昭和四八年二月一日以降右明渡しに至るまで一ヶ月金七万円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求める。

と述べ、「被告の主張のうち、原告が契約終了後も被告から昭和四八年一月まで一ヶ月金七万円の割合による金員を受領していたことは認めるが、その余の事実は否認する。右金員は損害金として受領した。」と述べ(た。)、立証≪省略≫

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、

一  請求原因一の事実は認める。同二の事実のうち原告が賃貸にあたり、ビルを建築する予定であることを三名に告げたこと、一時使用を目的とすることを記載した賃貸借契約書が交わされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二  芦田ら三名及び被告の営む不動産業は一時使用を許された建物において営業しては収益を上げ得るものではないから、芦田ら三名が一時使用目的で本件賃貸借を締結するということはあり得ない。また、原告の主張する本件建物を取壊してビルを建築するという計画は確実なものとは認められないから、右契約書を交わしたとしても本件賃貸借が一時使用を目的としたものということはできない。

三(一)  仮に右契約書を交わしたことにより当事者で一時使用の合意がなされたとしても、書面に一時使用とさえ記載しておけば賃貸人の欲する時に賃借人は明渡しを迫られることになるから、そのような合意は賃貸人の権利濫用を容認するものとして、無効である。

(二)  原告は当初の二年の期間経過後被告から賃料を受領し、また、被告に対し引続き使用してもよい旨を伝えた。従って、本件賃貸借は期間満了と共に合意により更新された。

と述べ(た。)、立証≪省略≫

理由

一  本件賃貸借の内容、当事者、被告の営業等に関する請求原因一の事実、原告が芦田ら三名に対し賃貸にあたり本件建物を取毀し鉄筋ビルを建築する予定であることを告げたこと、原告と芦田ら三名との間に一時使用であることが記載されている賃貸借契約書が交わされていることは当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和四二年一二月空屋アパートであった本件建物を買受けたが、本件建物が四二メートルの高速道路につながる大通りに面していたため、当時既に一部具体化しつつあった新宿副都心計画の進行に合わせて昭和四七年にはこれを取壊して鉄筋ビルに建て直すことを予定していた。原告は、取壊しまでの間本件建物を自ら利用し、また、賃貸し収益を得ることを考え、自己使用部分を除きとりあえず期限を二年後とする約で、昭和四三年七月スチール業者に、同年八月マッサージ業者に賃貸し、昭和四四年八月頃までにはその返還を受けた。同年一一月頃に至り、原告は芦田ら三名に対し貸机という形で期限を二、三ヶ月後とする約で本件建物の一部を賃貸し、右賃貸借は昭和四五年三月頃終了した。芦田ら三名は賃貸借の継続を希望したが、その頃からプラザホテルの建築も始まり、附近の各種ビルの入札も終り、副都心計画の進行が一層具体化したので、原告はかねての予定のとおりほぼ二年後を目途として本件建物を取壊した上、鉄筋ビル建築に着手することを計画した。そこで原告代表者十河薫は右計画を伝え、取壊しに着手するまでの期間しか賃貸することができないことを告げたところ、同人らもこれを了承したので、昭和四五年五月一八日芦田ら三名に対し請求原因第一記載の約定で本件建物中本件賃貸部分を賃貸し、その際同人らとの間で「一時使用事務所賃貸借契約書」と題し、前記賃貸条件のほか「原告が契約終了の頃本件建物を取壊わしビルを建築する計画であるから、双方とも一時使用のものとして賃貸借契約を締結することに同意した」との趣旨の記載ある契約を交わした。当時の近隣の相場では本件賃貸部分と同一規模であれば、賃料一ヶ月金一〇万円、礼金、敷金とも各金四、五〇万円程度であったが、賃料がこれより低額に定められ、かつ権利金、敷金が授受されなかったのは、契約が二年後に更新されないことを前提としたためであると共に、その際原告が芦田ら三名に対し立替料を支払わないことの代償的意味も含まれていた。その後請求原因一記載のとおり、被告が賃借人の地位を承継した。被告の業態は店舗に貼紙等をして通行人相手に不動産を斡旋するのではなく、主として新聞広告等により山梨、静岡、伊豆等の土地を現地に赴いて斡旋していたこと、昭和四七年一月に入ってから十河が被告の代表者である芦田及び近藤に対し期限における確実な明渡しを求めたところ、両名ともこれを約した。しかし、被告は約定の昭和四七年五月一七日の期限を過ぎるも本件賃貸部分を明渡さず十河が明渡しを催促すると、右両名は当初は明渡しを拒むことはしなかったが、代りの事務所をさがしているとか、敷金、権利金のための資金がないとか等いって期日の遅延を重ねていた。原告は昭和四八年三月頃までに銀行と融資についての交渉を終え、鉄筋ビルの設計図も作成し、これと平行して被告と明渡しの交渉を続けたが、被告の拒絶するところとなり現在に至った。なお、昭和四五年四月以後に被告と同様の一時使用の趣旨が記載されている賃貸借契約書を交わして原告から本件建物の一部を賃借した他の賃借人は二ヶ年の期間満了により賃借部分を明渡す意図であったが、被告がなお本件賃貸部分を使用しているため、原告から明渡しの要求があれば一ヶ月以内に明渡すことを約した上でなお自己の賃借部分を使用している。

以上の事実が認められ、この認定に反する被告代表者本人尋問の結果は措信することができない。

三  建物賃貸借契約が一時使用であるか否かは、賃貸の目的、動機その他諸般の事情を総合して観察し客観的に判断されなければならないが、本件では前記認定のとおり、原告が鉄筋ビルを建築するため本件建物を取壊すまでの期間に限定して賃貸する趣旨であったことは、被告において十分承知していたこと、それを前提にして本件の賃貸借では賃料を低額にし敷金、権利金の授受をしない等借家法の適用を受け契約更新が予定されている通常の賃貸借とは別異な取扱いがなされていること、このような賃貸借関係は被告だけではなく被告と同じ頃に賃借した他の賃借人との間でも同様であったこと、本件建物の存する新宿駅西口地区ではビル化の要請は時代のすう勢として当然であり、木造二階建である本件建物を鉄筋ビル化することもこの流れにそうものとして理解でき、また、その実現も確実なものとして予定されていたこと、被告のような不動産仲介業の業態では本件建物所在地の有する場所的利益をそれ程大きく享受しているとは認められず、本件建物で営業しなければならない必然性を見出し難いこと等の事情によれば、本件の賃貸借を一時使用のものと認めるだけの客観的合理性は十分あるものと解せられ、他方そのように解したとしても、被告が著しい不利益を蒙るものと認むべき証拠もない。

四  なお、被告が原告に対し昭和四八年一月まで一ヶ月金七万円の割合による金員を支払い、原告がこれを受領していたことは当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫によれば、原告は銀行振込みの形式で支払われていた右金員を賃料相当損害金として受領していたものと認めるのが相当である。

五  以上述べたところによれば、本件の賃貸借は昭和四七年五月一八日の経過によって終了し、被告は原告に対し本件賃貸部分を明渡し、かつ明渡に至るまで一ヶ月金七万円の賃料相当の損害金を支払う義務がある。被告の抗弁が理由がないことは既に認定した事実に照らし明らかである。

六  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを全部認容し、担保を条件とする仮執行の宣言につき民事訴訟法一九六条、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

<以下省略>

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